大河ドラマ「葵徳川三代」 二代将軍秀忠の娘達

葵徳川三代

二代将軍となった秀忠西田敏行)には正室の岩下志麻)との間に二男五女がいました 。

戦国時代も終わりを迎え、江戸幕府開府の創成期に徳川家を磐石にするため、秀忠の娘達は、政略結婚として様々な家へと嫁いでいきました。

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豊臣秀頼の正室 千姫

秀忠の娘の中で最も知名度の高いのはこの千姫大河内奈々子)でしょう 。

幼い頃は家康から”お千”と呼ばれ、可愛がられています。

秀忠と江の長女で、生後まもなく豊臣秀頼の許嫁とされ 七歳で大阪に輿入れしました。

大阪夏の陣では秀頼と淀君の助命を交換条件に落城寸前の大阪城を脱出。

父の秀忠と再会を果たしますが、夫、秀頼は自害し豊臣氏は滅亡します 。

千姫と秀頼との間に子はありませんでした 。

淀君の妹、常高院(お初)と共に、秀頼の遺児の助命を嘆願しますが、聞き入れられず、秀頼が側室に生ませた国松は六条河原で 処刑されます 。

その妹、七歳の結姫は 千姫の養女となり鎌倉に送られ、仏門に入りました。

豊臣の血筋は途絶え、滅亡します。

千姫は後に桑名城主、本多忠政の息子、忠刻と再婚しますが死別。

忠刻の死後、落飾して江戸へと戻り、静かな余生を過ごしました。

豊臣秀吉が存命中に、豊臣、徳川の両家を繋ぐ橋渡しとして、幼い頃から秀頼の許嫁となりましたが、その後の豊臣家の運命に翻弄されます 。

秀頼の正室となったことから浅井3姉妹(淀、初、江)と深く関わり、 彼女もまた 家康に振り回された悲劇的な女性と言えるでしょう。

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珠姫  勝姫  初姫

前田家に嫁いだ珠姫

秀忠と江の次女、珠姫中根彩央莉)。

三歳で前田利家の子で後の加賀藩主となる前田利常に嫁ぎます 。

家康の決めた政略結婚のため、幼くして江戸城から旅立って行く時には江と秀忠は涙しました 。

後に24歳という若さで亡くなり江は非常に嘆き悲しみました。

しかしこの珠姫が前田家に嫁いだことにより、 前田家は徳川家の姻戚となり、後の加賀百万石の元となって行きます。

越前松平家に嫁いだ勝姫

秀忠と江の三女、勝姫月見恭子)は秀忠の義兄、秀康の嫡男、松平忠直に嫁ぎます。

しかし、この忠直も秀康が没すると越前松平家を継ぎますが、乱行を繰り返し家臣たちを困らせました 。

勝姫も将軍家との板挟みになり苦しみます 。

結局、夫の忠直は流罪に処されます 。

しかし、忠直と勝姫の間にできた嫡男、仙千代は後に越後高田藩主となります。

京極家に入った初姫

江と秀忠の四女、初姫(森下涼子)。

江の姉で、京極家に嫁いでいたお初に実子が無かったため、お初の養女となり 京極高次の子、忠敬に嫁ぎました。

江が出産した時に、祝いに訪れた姉の初が、京極家の嫁に迎えたい、と懇願し、生まれてすぐに京極家に引き取られていきます。

初姫が亡くなる際には 夫の忠敬は臨終の際に居合わせず、相撲見物をしていたため 将軍家光の怒りを買い ました。

東福門院和子

秀忠と江の五女、和姫酒井美紀)は十四歳で女御として入内して、後水尾天皇の中宮となります 。

家康の死去や、後水尾天皇が女官との間に皇子を出産していることが判明し、 ゴタゴタが続きましたが秀忠の悲願である皇室との縁組は達成されます 。

その後、紫衣事件が発生すると、後水尾天皇は譲位し、和子の娘が明正天皇として即位します 。

この明正天皇が秀忠の孫にあたるため、徳川将軍家は天皇家の外戚となりました。

まとめ

家康の孫でもある秀忠の娘たちは 長女の千姫が豊臣家。その後、譜代の本田家。

次女の珠姫が加賀の前田家。 三女の勝姫が越前松平家 。四女の初姫が京極家。 そして五女の和姫が皇室へと嫁ぎ、 血縁関係で徳川幕府を盤石のものとしました。

他にも秀忠の正室、江は秀忠に嫁ぐ前の前夫、羽柴秀勝との間に一女、完子小川範子)を生んでおり、この姫が淀君の養女として養育され、五摂家の一つで関白となった九条忠栄の正室になってい
ます。
織田信長の妹,お市の方から連なる浅井三姉妹の血は、江から娘達を経て脈々と現在まで続いています。

 

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